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2015年7月21日火曜日

国会議事堂前

夏祭りのような匂い、湿度。
5年くらいしたら、
夕暮れ祭りに行った記憶として体がこの時を取り出すのかもしれません。

2014年5月27日火曜日

詩をふたつ。

先日のラウンドテーブルについて投稿しました。
http://www.smallcamp.org/archives/1344

文章を書くのはめんどうで大変なことなのですけれど。それでもわたしが友人に教えてもらったり、またわずかばかりではありますが時間を割いて本を読んだり映画を観たりして思ったことなので、教えてくれる友人のたまたま居なくて本を読む機会も取れなかった、ほかのわたしのために、役に立てられれば良いとの思いで書いてます。

きのうの朝に見つけた詩を二つ。
(わたしは詩に詳しいわけではないのですが、たまにネットで詩を採集します)


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『蝶』  辻征夫


自転車に乗っていて
紋白蝶を
轢いてしまったことがある

 ■

路上に
しみのようなもの
なにかわからない黒っぽい
小さなもの
があった
紋白蝶にも
それが見えたにちがいない
なぜって
正確にその一点に
舞い降りたから――
自転車が通過した

 ■

ぼくはときどき
顔を覆って
(叫び)をこらえることがある
ほんの一瞬だけれども



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『溜った血』  川田絢音


土管が放りだしてあり
覆いをかぶせた単車が置き去りにされている
覆いの縁から
すぐにはじまる 低い空
空が何気なく分泌するものに
塞がれてしまいそうになりながら
歩いている

小学校の前を通るが
どよみは聞こえない
犬を連れている男と擦れちがう
犬は 男より小さく 犬型をしている
不意に
角の交差点に十二、三人立っていて
アスファルトに赤い血が溜っている
誰かがそれだけの血を流していった

溜った血が
鮮やかな物質として
投げ出されている


(『川田絢音詩集 悲鳴』より)





2014年5月23日金曜日

考える場、はじめます。

サイトの投稿記事の推敲がたいへんなので、小休止。。

元々今週の土曜日は、気軽にサイト告知なしのブックパーティをする予定だったのでした。
サイトの企画告知の文章を作るのがたいへんなので(ちゃんとした文章を書こうとすると途端にたいへんに。。)。ですが急遽前回から参加してくださってる方に「丁度その日良い映画が無料である」との情報をいただき、ではそっちを観に行く会にしようじゃないかと気軽に変更したのでした。

映画はルワンダ虐殺がテーマの『四月の残像』です。
同じテーマで『ホテル・ルワンダ』『ルワンダの涙』は以前に観ていて、経緯もなんとなくはわかっていると思っていたのですが、ネットでルワンダ虐殺を調べるにつれ、まったくわかっていなかったことがわかったんでした!!ルワンダ虐殺はアフリカだから起こったものではないのです!!!

ルワンダ虐殺は、植民地時代に支配国のベルギーが支配しやすいようあえて部族間を対立させ、差別意識を持たせることに起因しているそうです。植民地時代が終わりを告げ、様々な国が独立しても、非支配国は連綿と植民地時代の影響を受け続けます。。(社風がなかなか変わらないので同じですね)
なんというか三つ子の魂百まで的に子ども時代のあれこれが成人してもずっと人生を支配しつづけるのと同じようなイメージです。そして日本もまた例外ではありません。

「ルワンダ虐殺」をググっていて、幾つ目かに以下のブログ記事を見つけました。
ライムスター宇多丸師匠がウィークエンド・シャッフルで語った内容についての記事(必読!)です。http://miyearnzzlabo.com/archives/17934

さっそく『九月、東京の路上で』をアマゾンで注文し、驚くべきことに当日届いたのでその日のうちに読んだのでした。
むむむー!!これは、マズいです!!!
アフリカ人だけではなかった!日本人も十分マズい!というか人間ってマズい!
これは多くの人に読まれるべき本だと思い、そのためにもと思い企画記事の形にしたのがおとといです。


***

思うのは、人間は動物なので残酷なことに惹かれるということです。残酷なこととか性的なことは、わたしたちにとってベーシックな衝動で、いやだなあと思ってもその衝動の薄まったものや姿を変えたものは、様々なところでわたしたちに生きる楽しみをもたらします。
映画で悪いことするやつが後半残酷な死に方をするのを、わたしたちはスカッとする心地で期待するし、適齢期の好ましい女の子たちはテレビ番組や映画、雑誌さまざまな場所に欠かせません。わたしたちの獣性のかけらがその楽しみをもたらします。そのかけらは時としてひとをやんちゃにチャーミングに見せたり(ワルはモテる、みたいな)。
それは批判される種類のものではなく、だって性質として備わっているのだから、その上に多くの生きる楽しみがのっかっているのだから、わたしたちは抑圧するのではなくコントロールする術を学ぶべきなのです。そのために教育があります。

とかとか思い、直前ではありますが、サイトに企画記事を掲載した次第です。
また読書メーターで若干名レビューや選書のすてきな方にお誘いも試みました。
当日は、ポストコロニアル(植民地時代後)について大学で専攻されていた方や、国際政治に詳しい方も会にいらっしゃるので、インターネットより解像度の高い話しをお聞きできるかと思います。


***

Round table 考える場 #1|映画『四月の残像』を観る
── ルワンダ・ジェノサイドからヘイトスピーチまで/繰り返すレイシズムとその構造
http://www.smallcamp.org/archives/1342

2014年4月27日日曜日

ジャ・ジャンクー レトロスペクティヴ

今、吉祥寺バウスシアターで「ジャ・ジャンクー レトロスペクティヴ」をフィルムでやってます。

昨日は「青の稲妻」と「長江哀歌 」を観てきました。
金曜日だったせいかもしれませんが、人の入りも少なく、だからバウスはなくなるのかと思いました。

良い映画を観られる場所がなくなるのは、かなしいことです。そうやって良いものから遠ざけられ、希薄な、雰囲気だけで満たしたもの(それはジャンクフードのように味付けも濃くわかりやすく、下ごしらえせずにすぐに食べられる)に暮らしを取り囲まれるようになるのは、かなしい。まわりからじわじわと資本家たちに調教されていくことも、またもっともっと本当に旨いものを味わうことを知れるひとが、その機会から(それは世界が繋がるのと同じ速さ、同じ省略のやり方で)遠ざけられてしまうことも。

 「閉館ということで申し訳ないという気持ちでいっぱいであります。閉館の理由はいろいろとありますが、老朽化 ということでご理解いただけたら。吉祥寺を買い物だけの町にしていいのか? 町には文化が必要だという気持ちで孤独な戦いをしてきました」(昨日のニュースで読んだ、バウスシアター社長の言葉)

 *

「青の稲妻」と「長江哀歌」、どちらもとても良かったです。
「長江哀歌」では、妻を探す男ハン・サンミンの物語の細部の豊かさに強く惹きつけられました。(この映画は、妻を探す男と、夫を探す妻。その二人の物語の交錯で描かれます)改めて、細部から普遍に至る映画が好きだなあと思う。

あと初作である「一瞬の夢」と「四川のうた」は観たいです。
来週の金曜日まで。



2014年4月21日月曜日

ムージル研究?

来月のLC読書会は、わたし選書のムージル「愛の完成・静かなヴェロニカの誘惑」です。
ブックパーティにて画家のTさんに教えていただいた本で、とても良い感じでしたので自分の読みがてらと思い推薦をしたところ、首尾よく選ばれてしまいました。。
とりあえず読んで、後はググればなんとかなるかしら、と思ってたのですが、ちょっとググっただけでも奥行きも見えぬほどの深い穴の存在がありありと!(しまったっ)

取りあえず以下3冊購入。年を追う毎に本の読めなくなってきているわたしですが、、
一ヶ月でどうにかなるかしら。。><

ロベルト・ムージル」古井 由吉
ムージル 観念のエロス」古井 由吉
可能性感覚―中欧におけるもうひとつの精神史」 大川 勇

*どうも「可能性感覚」というものがムージル作品のキーワードらしく。。
 哲学がはげしく絡んでいないことを祈ります。。

2014年4月15日火曜日

ひさびさに☆

Y・Fさんが先日のお花見読書会に際し、まとめてくださった考察がすばらしいので、記事用に挿絵作り。ひさびさにライトボックスを使い、ペンとインクでイラストを描きました。
*右は元絵を用い、デジタルで配置デザイン出力をしたものです。

以下、Y・Fさんの考察です。ぜひお読み下さい。
http://www.smallcamp.org/archives/976


2014年3月7日金曜日

ドラマ人間模様「シャツの店」

今やってたプレミアムアーカイブスのドラマ人間模様「シャツの店」山田太一脚本が実によかったです。

殊にシャツ職人の周吉が、長年連れ添い仕事を手伝わせてきたおかみさんの作ったシャツについて、おかみさんの居ないところで感想を言う場面、そのセリフがすばらしく。
いまいちしっかり思い出せませんが「あいつのシャツは実に一生懸命喋ってくる。例えばボタンの位置、俺のつけるボタンより少し高い位置だ。そうかと思えば俺のやり方を真似しているところは実に忠実に真似をしている」など。つまり、職人同士の対話がシャツを通してなされているわけです。あなたのここはわたしは納得がいかない、わたしの答えはこうである。あなたのここはとても良い。といったように。それは、とても豊かで雄弁な対話です。

口下手でいわゆる昔のお父さんである周吉は心に思う愛情や感謝の気持ちをおかみさんに伝えきれておらず、それが二十数年積もりに積もっておかみさんが出てっちゃうことになる訳ですけれども。
その伝えきれなかった、周吉が使いこなせなかった言語の反対側にあるもうひとつの言葉、非言語でシャツを通した対話がなされます。くー、山田太一、にくいです><

ドラマなのにすごい脚本だなー、と思いました。
俳優も良く、鶴田浩二の遺作でもあります。
今のドラマにあるような過剰さがなくて、そうしなくても良い時代だったんですね、素直でいいなあと思いました。面白かったです。

https://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=700-20131212-10-34367

2014年3月4日火曜日

NHKBSプレミアムシネマにて「濡れ髪三度笠」。1959年、主演市川雷蔵。「鴛鴦歌合戦」など日本の昔の大衆ミュージカルものが実に素晴らしいらしく。一度観てみたかったのですが、これはふつうの活劇でした。でもカメラの絵作りも良く、屋敷や家屋など、かなりかっこいいです。大衆ものでこれだけカメラが良いのって、今はないなあと思う。

江戸から続く当時の質の高さやかっこよさって、一体どこに行っちゃったんだろう。大きな断絶のある気がします。西洋の文化や様式を萎縮してミニチュア化して受け入れざるを得なかったからかしら。それが今のCawaiiに繋がってるのかもです。

今カッコいいことがちょっと気恥ずかしいのって、伝統や文化の有無じゃないかと思います。しょせん借り物の文化であると、どこかでわたしたちは知っていて、江戸の人たちのように自信を持って粋には振る舞えない。精神を伴わない、物を知らない表面だけの装いかっこ悪いことじゃないかって思いが、センスを磨くことを投げやりにした結果、わたしたちは総じてダサくなっちゃってるのかもしれません。それでいうと日本人は今だ傷ついて拗ねているのかもしれないです。カッコイイって随分気持ちの良いことを、誰もがこうも手放す態度というのは。

***

森鴎外「青年」より。
夏目漱石をモデルとした拊石なる人物の講演の場面から抜粋。
(痛烈な日本批判!)

「イブセンは初めノオルウェイの小さいイブセンであって、それが社会劇に手を着けてから、大きなヨオロッパのイブセンになったというが、それが日本に伝わって来て、又ずっと小さいイブセンになりました。なんでも日本に持って来ると小さくなる。ニイチェも小さくなる。トルストイも小さくなる。ニイチェの詞を思い出す。地球はその時小さくなった。そしてその上に何者をも小さくする、最後の人類がひょこひょこ跳っているのである。我等は幸福を発見したと、最後の人類は云って、目をしばだたくのである。日本人は色々な主義、色々なイスムを輸入して来て、それを弄んで目をしばだたいている。何もかも日本人の手に入っては小さいおもちゃになるのであるから、元が恐ろしい物であったからと云って、剛がるには当たらない。〜」


***

追記:
先日聞いた話しによると、むしろ江戸が特殊な街であったようです。戸籍もない、結婚制度も存在しない、自由な気風のある種ユートピアのような稀有の都市であったとか。だから日本も昔はかっこよかったのに、というのは間違いであるようです。たまたまそういう特殊な街が一時あった、という。。
ちがう世代の方々と知り合う場に行きはじめ、ちょっとワクワクしています。
心のかたちが似ているので、年が20や30違っていても、わたしたちは地続きなんだという感覚。たとえば川島雄三監督の「幕末太陽傳」冒頭の描写がすばらしく。現在と幕末が地続きであると実に確かに表せられているところ。世代による分断はその世代の空気に依ってしか考えることのできない人たちの幻想で、一般論で、実際に在るのは心のかたちによる分断なのだと思う。(傾向はもちろんあります)

一般論のやつにやっつけられないように、っていつも思います。一般論はそれが上手く出来なかった人たちの嫉妬だと思う。自分以外の人間が上手くいくことがないように。なので、どんなに一般的でなくても、変わってても、不道徳でも、自分の生きるルールは自分で作った方がいいです。

*地続きにものをみること(世界はひとつである)。自分で考えて答えを見つけること。場当たり的に安易に誰か権威の考えを切り貼りしないこと(ついやってしまう)。未分化な昏い心の領域をなるべく減らしていくこと。(ある種のまがい物の直感はそこからやってくる)



2014年2月24日月曜日

LC読書会を終えて:森鴎外「青年」

先日のLC読書会。課題図書は森鴎外の「青年」、総勢12名のたいへん活気づいた楽しい時間となりました。

はずかしながら森鴎外を読むのは今回が初めてです。
なにやら他の作家の小説と勝手が違っているように思われるのは、これが西洋の文化・文学を知らしめるべく書かれたものだからなようです。
漱石「三四郎」の出された2年後、西洋の文化を啓蒙する同志を得たり、とばかりに森鴎外はこの作品を発表したそうです。実際「青年」の随所に漱石のこと、また「三四郎」と呼応する設定の数々が反復されます。

「青年」主人公の純一は、作中出てくる女性すべてが思いを寄せるほどの美少年です。それに対して会で(わたし含め)違和感を唱える声が数々あがったのが面白かったです。^^なにしろ主人公の純一は、どう考えても鴎外その人なのです。(作品では容姿の優れ勉強も出来る、モテる優等生ならではの苦悩も描かれていたりします

思うに、鴎外はいわゆるKY(空気読めない)、天然の人なのかもしれません。だから留学生活を生き生きと楽しめたのかも。その鈍感力を持ってして。
一方漱石は、繊細で空気を読みすぎてしまったため臆してしまい、留学先で神経衰弱になり、だけれども帰国後は細やかな気遣いの、誰もに愛される作品を書いた。。
オノ・ヨーコのエッセイに「わたしは美人で頭も良いのに、なぜか人に嫌われる」という一文があったことを思い出し、ちょっとそう思いました^^

しかし鴎外が鈍感かと言うとそういうことでは全くなく、会でも鴎外は理系の人というお話しの出たのですが、きっと向いてる方向が違うのだと思います。作中、純一と友人の大村が、純一の下宿先でこれまでになく打ち解け議論し合った後に、友情の楽しさを緘黙の中に味わう場面のあり。わたしはそれが今の感覚ぽくてびっくりしてしまいました。

様々な価値観が押し寄せ、入り乱れ、転覆、反転する明治の時代に、鴎外や漱石の成し得たことは大きなことだと思いました。彼らはまた数々の造語を作っているそうです。言葉は概念です。新しく概念を得ることはとてもむずかしいことです(それこそが勉強だと思うのですが)。生まれてこのかた聞いたこともない概念を数多く得て、体系付ける。名前を付け普及をさせる。とても大変なことだったと思います。それが恐ろしく短い時間で行われたのが明治という時代のようです。「青年」という作品のぎこちなくも青くどこか過剰な(パワフルな)印象は、明治という時代の若さ、空気かもしれません。

*(「三四郎」読み返さなきゃ!ほとんど忘れてます・・・)

2014年2月13日木曜日

動物たち。

動物たちのお面をたくさん買い込みました。
これを使って何か企画をと考えています。
オリヴェイラの「カニバイシュ」みたいなイメージ、もしくはキューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」など。

これで輪読するとしたら、どういうお話しがいいんだろう。
(読んだことないのですが、バロウズとか?)
ゴシックでかっこ良い文章で、ちゃんとストーリーテリングもあるお話しが良い。
どなたかお心当たりあれば教えてください。



マノエル・ド・オリヴェイラ 「カニバイシュ」
http://jc3.jp/portugal2010/works_main.html#osc

2014年1月19日日曜日

あけましておめでとうございます。

(タイミングを逃すと、年始の挨拶は書くべきか書かざるべきか、なやましいものですね)

昨日はじめて、国分寺恋ヶ窪公民館で開催されているLC読書会に参加してまいりました!
課題図書は多和田葉子「尼僧とキューピッドの弓」。
想像以上に本格的で、大学教授をされてる方などもおられ、とても勉強になりました。
「尼僧とキューピッドの弓」は二部構成で、第一部では男と奔走した尼僧院長が不在ながらも中心人物として取り沙汰されるのですが、西洋の小説の約束事で、不在のものは神なのだそう。むむむ、はじめてききましたそういう話し!「ゴドーを待ちながら」のゴドーもまさに神(God)だとか。また第一部で神として機能していた不在の尼僧が第二部で姿を現し語り始めるという展開は西洋圏の方々には驚くべきものらしく、実に多和田さんらしいウィットに富んだものであるとのこと。とても有意義な時間でした。そしてこの小説の主題は「小説の作られる小説」ということです。
LC読書会、来月は次回は森鴎外の「青年」です。薄いらしいのでなんとか読めそうです。
明治は殊に興味深い時代と思うので、どんなお話しが聞けるのか今から楽しみです。



当スモールキャンプについては、ボルヘスの輪読会を3月はじめに予定しております。そして桜の散るころに、坂口安吾の「桜の森の満開の下」を読めたらと。
予定が立ちましたらサイトにてご案内させていただきます。
http://www.smallcamp.org/

それでは、今年もどうぞよろしくお願いします。

2013年12月17日火曜日

クリスマス・キャンドル、工作+朗読企画にむけて

「Merry X’mas! お家やお城のキャンドルカバーを作ろう!」
という企画を目前に、宣伝活動中です。

チラシにつけるオマケとして、お手製のオリジナルしおりを作成してます。
第一弾としては、うちにある色んな紐を使ったのですが、本日移転目前の吉祥寺ユザワヤにてセール品のりボンをあれこれ仕入れてまいりました。
スウェードのものが半額で1m100円程度!
むむむ、これはお安い。

ということで、ステキりぼんをつけたしおりを、今後イベントもしくは国立本店にて配布してまいります。

お楽しみに。




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【企画詳細】
「Merry X’mas! お家やお城のキャンドルカバーを作ろう!」
http://www.smallcamp.org/archives/95
【関連記事】
「キャンドルカバー企画のためのノート」
http://www.smallcamp.org/archives/16

2013年11月19日火曜日

イメージアップについて

先日の広報活動にてあらためて認識したのですが、本を読む会、朗読、輪読、というのは、とかくあやしげな印象を与えてしまうようです。。
イメージアップをはかろうと販促物(??)を作ることを思いつきました。
まだ試作段階なのですが、この本読み猫の可愛らしさに頼りイメージアップを!
りぼんなどつけてもいいかもしれません。これもこれで楽しいです。


2013年11月11日月曜日

準備あれこれ

チラシの文面などを作るのが、慣れないものでとんちんかんでたいへんです。

ほぼ直前ですが、明日吉祥寺のお店を幾つかまわり、
チラシを置いていただこうと思います。

新しくだれかと出会えますように、、!